
何もしない時間をゆっくり取って、じっと耳を傾けたくなるアルバムに出逢えたのは本当に久しぶり。
毎日がなんとなく慌ただしく、追われるように時間がすぎると感じている昨今なのだけど。インターネットとスマートフォンの時代に入ってから、次第にそんな風になってきたと思っている人は多いのではないかな。
アメリカ東部でもコロナウィルスが深刻に蔓延し、必要な買い物と犬の散歩以外は出来るだけ外出を避けるようにと指示が出ていた2020年。Krisは自宅キッチンなどで以前に出したアルバム全曲の弾き語りライブを配信したりしていた。そのおかげで、彼女と夫 Jeffrey Foucault の日常の風景が以前よりもイメージしやすくなったりして、歌の聴こえ方にも多少の変化があり、ふむ、それはそれで良いこともあるのだな、なんて思ったりしていた。
そんな2020年、彼女の初期ソロアルバムのプロデューサーで、バンドのドラマーでもあった Billy Conway が癌を患って療養中とのことで、「少しでも医療費の足しになるように彼のアルバムを買ってね」とクリスが自らのソーシャルメディアで宣伝のお手伝いをしていたアルバム "Inside Outside" が届き、パッケージにBillyの奥さんでシンガーのLaurieからのメッセージと二人のサインが鉛筆で書かれたメモが入っていた。この "Inside Outside" は、2000年代に入ってからではマイ・ベストのひとつになるアルバムで、この鉛筆書きのメモといっしょに僕の宝物となった。

が、悲しいかな、一時は完治したかと思われたBillyの癌に転移が見つかり、2021年の終わりに亡くなってしまう。Krisはそもそも文章を書く人でもあり、彼女のアーティストとしての方向付けから関わったBillyという仲間の存在が彼女にとってかなり大きかったこともあって、この日の投稿もインスタグラムの文字制限に入り切らない長さで、"Billy left the world the way he lived in it: with generosity and humor, and surrounded by love, showing us all how it’s done, just like always. There aren’t enough tears to cry, and not enough stars in the sky to thank." と、美しい言葉で締めくくっている。

この投稿の最後の写真。彼女がBillyと二人で歩いている後ろ姿が映っているこの場所が家の裏庭らしいんだが、Billyの療養中から死別に至る過程で彼女のイマジネーションに入って来たアイデアを曲にして書きためていたことや、アルバムを発表してフルバンドでのコンサートツアーに出る準備をしていたことは、投稿の様子から何となく伝わってきていた。
僕も個人的に、ここ5、6年のあいだに友人やお世話になった大好きなミュージシャンの先輩との死別があり、人の生き死にのことで、Krisの書く文章を読むたびに共感できる部分を見つけていた。数は減ったけれど、好きになったアーティストや作家への「好き」の情熱とその度合いは、相変わらず生来の強さを失っていない。ただ、その痛みに正面から向き合うのは結構しんどいことなので、日常的には些細な楽しいことを見つけて日々を何とかやりすごしている。
そんなところにこの新作アルバム発表の知らせが届いた。昨年12月の初めだった。そのアルバムタイトルが "GHOSTS IN THE GARDEN" だと知り、ああ、いよいよ仕上がったんだなと、アルバム制作の過程でクリスが通過したであろう様々な痛みに想いを寄せ、大きな期待を抱いて彼女のホームページから予約注文をした。
BandCampで予約するとアーティストにメッセージを送れる仕組みになっていたので、Laurieから手書きのメッセージをもらったこと、そこに「私たちがこのアルバムを作った喜びと同じだけの喜びをあなたと共有できたらうれしい」と書いてくれたことへのお礼を伝えたいと思っていたのだけど、僕にはLaurieと連絡を取るすべがないので、アルバムは最高に気に入って聴いていますと伝えてほしい、と簡単に書き込んで送信した。
僕が送ったメッセージを、たぶん「へえ」と思って読んでくれたのだろうと思う。

アルバムは思いのほか早く届いた。米国での発売日から一週間もたっていなかったと思う。通常からすると考えにくいほど早い。気をきかせて早めに発送してくれたのかもしれない。このカードが2枚、ジャケットの中に入っていた。
2曲目の "Wolves" という歌とシンクロしている絵。
出だし1曲目の "Summer's Growing Old" から2曲目の "Wolves"、そして3曲目タイトルトラック "Ghosts In The Garden" ここの静かで強く魂を揺さぶる流れ、これを作り込むのはそうとうな痛みを伴ったことだろうと想像する。アルバム発表前にはインターネット等に載せていない出だしの3曲。
Krisの軽やかで明るさのある声質、決して歌い込まないアーティストとしての持ち味が、ヘヴィーな歌の内容と見事にバランスしている。決して小さくなかった期待を大幅に上回る仕上がり。
4曲目には珍しくロックな疾走感を聴かせる "Won't Be Long"、そして多くの人が共感するだろう "Not The Only One" が5曲目。こんな風に、玄関の掃除や、毎日の買い物、近所づきあいで交わす言葉、犬の散歩、キッチンの片づけ、人知れず流した涙のことを曲にして、何ひとつ奇をてらうことなく、こんなにさり気なく風のように歌ってくれるシンガーは僕にはなかなかいないんだよ。
でも、アメリカでもローカルなファンが中心で、そう多くの人が聴いているわけじゃない。アルバム発売に合わせたツアーも、フルバンドで3月半ばから4月にかけて西海岸にも行くけれど、バーラウンジや小さめのコンサート会場を回っている。
たぶん、そういう在り方が性に合っているんだろうと思う。
インディーズ系のアルバムレビューではとても良い評価だ。そりゃそうだろう。これだけ魂の入ったアルバムを作って出してくれるアーティストが2025年に存在するってだけで有難い思いだ。「もうすぐチケット売り切れ!」と告知に書いていた。それを聞けて嬉しい。
いちばん新しい投稿に "Truthfully it felt pretty vulnerable releasing this one - it’s a bit of a heavy record in its way, leans slow, leans emotional, deals with big grownup shit. I’ve had ongoing jokes with my little team about how the world was probably not *clamoring* for an album about grief and irrevocable change by a woman in her 50’s 😂" と謙虚な言葉を書いている。そうか、Krisは50代に入ったのか。
20代の後半に出したファースト以降、テイストの合わないのが一枚だけあるけど、それ以外すべていつの間にか愛聴盤になっている。で、ここ最近の2, 3作品は、やっぱり年齢と共に円熟味と深みが増して本当に良い。
今作は、21世紀に入ってから出たアルバムで僕のベスト。「次は少し軽めのを出します、実はもう出来てるから」へえ、そうなんだ。そういえば、カーズのフルカバーアルバムも軽くて楽しくて今でもたまに気分よく聴きます。次作も楽しみだな。








